ある方のスタイリングを、もう8年ほど担当しています。
シーズンごとにショッピング同行をして、その季節に必要な服を一通り揃える。普通の会社員の方です。特別に服が好きというわけでもなく、ファッション誌を熟読するタイプでもありません。最初の頃は、できるだけ少ない服で効率よく着回したいという考えの方でした。
最初の数年は、着回しやすいベーシックなアイテムを中心にお選びしていました。希望の雰囲気をお聞きすると、「年相応の無理のない」「交換が持てる」といった控えめな言葉が出てきました。仕事でそつなく、安心して着られるというのが最優先だったんですね。それはそれで、ご本人にとって十分に機能していたと思います。
「自分で選べるようになりたい」
ただ、2年目か3年目あたりで、こうおっしゃったことがあります。
「自分でも選べるようになりたいんです」
嬉しい言葉でした。私としても、お客様がいつまでもスタイリストに頼らなければ服が買えない、という状態は本意ではありません。そこで「スカートが欲しい」というご相談に対して、これまで一緒に回ったブランドの中からご自分でピックアップしてみることを提案しました。フィッティング写真を送ってもらって、私がコメントする、という形も試しました。
でも、それは定着しませんでした。
理由はシンプルです。ショッピング同行なら、3時間でシーズン分の服が全部揃います。私が選ぶ精度は、ご自分で探し回るよりも高い。それを知っている方が、わざわざ時間をかけて自分で探す理由がなかったんですね。当初40代だったこともあり、お仕事上での責任も大きくなり、お洋服にかける時間と労力をカットして、タイパをよくして毎日を回していくことの方が切実でした。
依存ではなく、分業としてのスタイリング
最初の頃、私はこれを少し気にしていました。お客様が自立できていないのではないか、依存関係を作ってしまっているのではないか、と。
でも長く続ける中で、見え方が変わりました。
この方は、回を重ねるごとに、買い物の中での判断が明らかに速くなっています。最初はフィッティングルームから出てくるたびに「これ、大丈夫ですか?」と不安そうだったのが、今では鏡を見て「これはいける」「これは違う」とご自分で言えるようになっています。
見る目が育っている。自分の基準ができてきている。
それでも、ショッピング同行を続けている。それは「自分ではできないから」ではなく、「自分でもできるかもしれないけど、こっちの方がいい」という選択です。自分で探し回る手間と時間と、3時間で全部揃う体験を比べて、合理的に後者を選んでいる。
これは依存ではなく、分業なんだと思います。
毎シーズン、一点だけの冒険
もうひとつ、この方との間で生まれた習慣があります。
最初の頃、控えめな柄物を一点お見せしたとき、「自分がこういうの着ていいんですかね……」と、明らかに戸惑っていらっしゃいました。
それを見て、「今回はこの一点だけ、チャレンジしてみませんか」と提案しました。残りは全部、安心して着られる服で揃えておく。一点だけ、少しだけ冒険する。
これが恒例になりました。
毎シーズン、一点だけ、その方にとっての「ちょっと勇気がいるもの」を入れる。最初は控えめな柄。そのうち、はっきりした色。普段なら手に取らないシルエット。一点以外は安全圏なので、失敗しても全体が崩れることはありません。
「今回のチャレンジアイテムは?」
続けていくうちに、変化が起きました。
以前は苦手意識があったものが、着てみたら意外としっくりくる。周囲の反応もいい。その経験が積み重なって、「着られるものの範囲が広がる」こと自体が楽しくなっていかれたようです。
あるとき、ショッピング同行の最初にこう聞かれました。
「今回のチャレンジアイテムは何ですか?」
私が提案していたことを、お客様の側から求めるようになった瞬間です。なんだか胸がいっぱいになったのを覚えています。
一回では起きないこと
8年間で何が起きたのかを振り返ると、劇的な変身があったわけではありません。
毎シーズン、その方に合う服を選ぶ。一点だけ枠を広げてみる。それを繰り返しているだけなんです。でもその繰り返しの中で、この方の中には、確実に何かが蓄積されています。
自分に似合うものがわかる。似合わないものもわかる。その上で、まだ試していない領域に手を伸ばしてみたいと思える。
この8年間、この方は40代の半ばから50代になりました。多くの方いとって、「以前の服が似合わなくなった」「何を着ればいいかわからなくなった」という悩みが切実になる年代です。体型も肌も変わります。着られるものの幅が狭まっていくように感じる時期に、この方はむしろ、着られるものの幅を広げ続けています。
これは一回のスタイリングでは起きないことです。一回の診断でも起きません。時間をかけて、体験を重ねる中で、少しずつ育ってきました。
このお客様がいつも私にかけてくれる言葉が印象的で・・・「本当に、救っていただきました」と、ものすごく気持ちを込めて言ってくださいます。救われているのは私の方も同じじゃないかな、といつも感じていますが、なかなかうまく言葉にしてお返しできなのが、もどかしいところです。
スタイリストの仕事は、お客様を変身させることだと思われがちです。でも私にとって、この方との8年間は、「変身」とはまったく違うものでした。その方の中にもともとあったものが、ゆっくり表に出てきたことが一番大事でした。私はそのそばにいて「似合う」を差し出す役割です。そんな中で時間をかけ「素敵な自分らしさ」が生まれています。そんなお付き合いをできるお客様とお会いするたび、私の喜びも毎回更新されていきます。


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