パーソナルスタイリストの髙尾香織です。
今日は、長年付き合ってくれている友人と共に過ごした時間と、その関係の中で生まれた変化についてお話します。
スタイリングは人の表面を一瞬で変化させるものですが、それと交差するように内面の変化を連れてくるものだということを、Sの足跡と一緒に感じていただけると幸いです。
■ 出会いと始まりの買い物と、軽井沢への旅
カウンセリングスクールで出会って、一番仲良くなった友人のひとりがSでした。
その頃、私はまだスタイリストの勉強を始める前。Sともう一人の親友と「買い物しよう」と誘い合って有楽町で会ったのが、最初の一歩でした。
振り返れば、そのささやかな時間が、Sにとって自己肯定の旅の始まりだったのかもしれません。
当時のSは「爆買いしちゃった、どうしよう!」と笑っていましたが、大きな買い物というわけではなく、でもとても楽しい時間だったのは確かでした。
その後、私はパーソナルスタイリストとしてデビューし、Sの住む軽井沢に、東京からの友人たちと連れ立って通うようになりました。
大きなアウトレットで時間を気にせず買い物をして、疲れたらカフェでおしゃべり。
地元のスーパーやスイーツのお店に案内してもらう――そんな「癒しの旅」が、私たちの定番になっていきました。
■ 服と「私」の距離
戸惑いながら試着室に入って、不安そうに出てきたあの頃のS。
「似合ってる」「可愛い!」と他のみんなが盛り上がる中心で、ちょっと恥ずかしそうに立っている姿が今でも目に浮かびます。
その頃Sと話をすると、自分のために服を買うことに罪悪感を持っており
「私なんかが着ていいのかな」「これは贅沢じゃないのかな」
そんな思いが付きまとっていたように思います。一番印象に残っているのが
「この子(=服)は、私のところに来て幸せなのかな」
という言葉でした。
これは少しファンタジーの香りがする言い方ですが、Sは決して”妖精ちゃん”や”天然さん”ではなく、むしろ「服」という美しいものに対する敬意と畏れーー
それをユーモアに包んで話せる、Sの繊細さと賢さを感じさせる言葉のように私には思えました。
■ 文房具と服のあいだ
Sは文房具を心から好きで収集するのが趣味です。
一貫した美意識を持ち、言葉を大切に扱う彼女なので、文房具という繊細で表現的なものを求めるのは必然のようにも感じます。
そのセンスが「服を買う」には生かされていないだけ。そう感じた私は伝えてみました。
「文房具を買うときには『この子が私のところに来て不幸なんじゃないか』って考えないんじゃない?」
そこで、Sは何かに気づいたのかもしれません。
この子は私のところに来て不幸なんじゃないか、と文房具に対しては思わない。
文房具の「可愛い」はそのまま受け取ることができるのに、服にはそれが働いていない。
もしかしたら、そんな心の”ズレ”に気づいたのかもしれません。
逆に言えば、自分には「ものの可愛いさを受け取る力」があることを、無意識のうちにSはわかっていたと思うのです。
■ 少しずつ、でも確かに変わっていく
旅を重ねるうちに、Sのファッションへの向き合い方は、少しずつ変わっていきました。
私が服をピックアップすると、嬉しそうに試着室に入っていく。少し照れながらも、以前より迷いなく、楽しげに出てくる。
「着てみる!」と言ってフィッティングに入っていく足取りは確かになり、買うかどうかの決断にも、自信が感じられるようになりました。
私は、服を「選んであげる」のではなく「一緒に見つける」方が性に合っています。
自分の手で誰かを素敵に「してあげる」、おしゃれをさせて「あげる」という感覚が、実はしっくりこないんです。
一番最初、有楽町でSと服探しをしたあの日から、そのスタンスは変わっていません。
パーソナルスタイリストとしては、私が服を手渡す立場にあります。けれど、実際にやっているのは、
その人が「どう在りたいか」に耳を澄ませながら「似合う」をそっと目の前に置いてみること
買い物中はハンターのようだと言われることもありますが、私の仕事の核はむしろ、この静かなやりとりの中にあります。
そうする中で、Sの本質が変わったのではなく、もともと持っていた何かが安心して出てこられるようになったのではないかと考えています。
■ 好きだと思えるものと出会いながら
私たちの新幹線が着く時間に、軽井沢の改札で、よく似合う服を着て立っているSの姿を見るたびに、再会の嬉しさと同時に、なんとも言えない喜びが湧き上がります。
そのワンピースは、同年代の女性なら躊躇するようなデザインかもしれません。でも、Sの清楚な雰囲気に自然と調和し、違和感がない。
13年間で一緒に買ってきた服たちを、以前のものも取り混ぜて自分で上手に組み合わせ「これすごく使える」と笑って話してくれる――そんなことを聞く時の充足感は、言葉にするのが難しいほどです。
Sにとっての13年は、そうしてちょっとづつ「私はこれが好き」と感じられるようになる、小さな自己肯定感を積み重ねた時間だったと思います。
友人たちと過ごす軽井沢の旅を側から見れば、観光もしないで買い物とカフェとスーパーを往復しているだけのようですが、本当の中身は「似合う」を贈り合っては喜ぶ、愛しい時間の重なりです。
それを可能にしてくれたのが、軽井沢の風と光だったのかもしれません。
■ スタイリストの仕事とは?
服はただ装うものではなく、ときに「本当の自分をもう一度信じてみる」ための媒介となるものです。
パーソナルスタイリングとは、そういう瞬間に立ち会い続ける仕事です。
そしてそれは、時間をかけてしかできない「贈り物」のような営みなのかもしれません。
「この服で自分をもう一度愛せるかもしれない」
Sのようなおしゃれに苦手意識のある人、ファッションと自分は無縁だと感じる人ほど、そのポテンシャルは大きいものだと思っています。
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